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2009年1月

2009年1月31日 (土)

短編を書きました(^^ゞ~後編

後編

5


病院へ着いた。
病院は知っていた。7年前に来たことがある。
病室は変わっているはずだ。
昨夜彼女の母親から電話をもらったとき病室の部屋番号も聞いていた。
305号。

エレベーターを降り病室の番号を確かめノックをする。
このときをどれだけ待ち焦がれていたか。7年間は長かった。
木本加奈はこの7年ずっと眠っていた。
事故以来、意識が戻らなかった。
傷の方は、不思議なもので回復していくのに意識が戻らない。
加奈の母親から聞いた話では意識はとうに戻ってもいい状態だと担当医は言っているという。

だが何故か戻らない。これだけは医学の力でも無理なようだ。
陽子が待った時間より、家族が待った時間の方がはるかに長かっただろう。
母親の疲れが… 7年間の疲れが一度に出たような重い口調の電話、7年間の蓄積… いろいろな想い。
これほどの気持ちのこもった内容の電話に遭遇したことはなかった。
話した時間はたかだか1~2分だったろう。
人間は計り知れない… 陽子は思った。まだまだ、自分には分らない事がきっとたくさんある。

ドアの向こうから、加奈の母親の声が聞こえた。
「どうぞ」
静かにノブを回し、ドアを開けた。
「あ、陽子さん。いらっしゃい。今、加奈はちょっと寝ていますが、どうぞ。」
「寝ていらっしゃるのですか? それじゃ、出直してまいります」
「気にしないでお入りください。今度はすぐ起きますから… ね。」
母親はやさしい笑顔を陽子に向けてくれた。
「それじゃ、おじゃまします。」
陽子はおそるおそる中へ入っていった。

「あ、お電話ありがとうございました。」
母親に勧められた備え付けの椅子に腰を下ろした。
「いえいえ。あなたもずっと待っていたのだものね。当然ですよ。」
「でも、7年前の約束覚えていていただいて… 本当にありがとうございます。」
「いえいえそんなこと気になさらないで。ちょっと病院の先生とお話があるので、少し加奈を見ててくれますか?」
そういって母親は病室を出て行った。もしかしたら、気を利かせてくれたのかな?
陽子はふとそんな気がした。

7年前、陽子は陽子の母と一緒に加奈のお見舞いをした。
そのとき、陽子は加奈の母親に父のメモの話をした。
「加奈さん、加奈さんなら聞いているかもしれない。父の最期の言葉を。お願い目を覚まして… 教えて、お願い。」
父の葬儀を済ませて、心を落ち着かせたはずなのに、病室で寝ている加奈を見たとき、
陽子は少々取り乱してしまった。そのとき、加奈の母は
「ごめんなさい。陽子さん。でも約束する。加奈の意識が戻ったとき、加奈が目覚めたときは、
一番にあなたに連絡します。ね、陽子さん。待っていて、必ず連絡するから。」

陽子はあのときの自分を思い出すと少々自己嫌悪に陥る。
一番、加奈の意識が戻らないことを心配して悲しんで、納得がいかない人にそんな気を使った言葉を言わせてしまった。
自分が恥かしい。
でも、あのときの自分は必死だった。
今も、そうだ。
何故、自分に言葉を残してくれなかったのか… 
母の康子は元来、マイペースの人だ。父がいなくなって最初はひどく落ち込んでいた。
が、一度父のいない生活が始まると立ち直りも早かった。
(何て切り替えが早い人なんだろう。)

陽子は改めて関心というより、半ばあきれた。
母の母親としての強さ、女としてのしたたかさを垣間見たような気がした。
自分はそこまでは割り切れない。
割り切れないことが、母の人生の半分しかまだ生きていない人間としての未熟さなのか、妻になり母親になった経験がないからなのか、陽子には分らなかったが、とにかく母親の心配をしなくてすんだことに安堵したのも事実だ。
父の死の当初は、もしかしたら母はこのままだめになってしまうかも知れないと思うほどひどい落ち込みかただった。
弟は立ち直った。
父の言葉「強くなれ。そして母さんや姉さんを支えてやってくれ。」
父親として男として、死に際のこの最後の力を振り絞ったかのようなメッセージには弟なりに何か感じたのだろう。

弟は父親の死以来、人が変わったかのように強くなった。
言葉には出さないが、あきらかに母親と姉を助けてやろうという態度が現れた。
一緒に買い物をしたときに今までは重い荷物を自分から持つなど絶対しない弟が、
「ねえちゃん、それかしな。」
ぶっきらぼうに少々照れたように手を差し出して荷物を持ってくれる。
何だか男としての頼もしさも少し出てきた気がする。
最近は特にそうだ。
素行の悪い仲間とはとうに縁を切っている。
結構もめたらしい。
しかし、顔に傷を負って帰ってきたときも、泣き言ひとつ言わなかった。
その仲間からの連絡も入らなくなった。

逆に良い感じの友達は増えていった。
今では弟の友達には、もう少し年が近かったら… と本気で思うような男の子もいる。
さすがに6つも年が離れていると気が引けるが。
父の死以来、みんな変わった。自分以外。
陽子は思う。また、取り残された。
いつも、そうだ。また、疎外感を感じなければいけないのか。
父親の生きているとき感じていた、何となくの疎外感… 死んでからも同じだ。
自分は何なのだろう。

6

「陽子ちゃん… ?」
加奈が小さい声を陽子にかけた。少々疲れた感じはするが加奈の顔色は思ったより良いようだ。
「加奈さん。こんにちわ。あの、良かったですね。意識が戻られて…というか…元気になられて 」
陽子はどんな言葉をかけていいのか分らなかった。言葉もしどろもどろだ。
「気を使わなくていいのよ。7年も私、寝てたんだってね。驚いちゃった。陽子ちゃんは今何しているの?」
「私も変わったでしょう? OLです。何ということはない電機メーカーの事務です。」
「最後に会ったの、あれから7年たっちゃってるんだよね。私は陽子ちゃん、雑誌の仕事するのかと思ってた。」

陽子は父親の影響からか、中学の頃から雑誌の編集などに興味を持っていた。
仕事で自宅に加奈を連れて打ち合わせをするときには陽子は決まってお茶を出すなど加奈の周りに付きまとっていた。
加奈から雑誌の話を聞くのが楽しみだった。
父親から「仕事中だから向こうへ行ってなさい。」
と何度言われてもすぐいついてしまう。加奈にはそのたび救われた。
「いいじゃない。別に邪魔になっているわけじゃないんだから。ねえ、陽子ちゃんおとなしくしてるもんね?」
「はい。じっとしています。お地蔵さんみたいに。」

父親のあきれた顔を何度も見た。加奈もそんな陽子をかわいく思っているようだった。
「私も、ずっと雑誌の編集に憧れてた。でも、私には無理かな。こんな難しい仕事は。」
「そんなことないわよ。難しいからおもしろいんだよ。私はこの仕事に誇りを持っている。」
「そうですよね。加奈さん、かっこいいもん。」
「かっこいい? そんなこと言われたことないなあ。」
陽子は父親に影響を受けて雑誌の編集に興味を持ちだしたのだが、途中から加奈に憧れていたような気がする。
加奈の生き方。加奈の存在は陽子にとっては大きかったと思う。
多分、父親が生きていたら、いずれは編集の方へ行っていたに違いない。
「陽子ちゃん。」
加奈の表情がちょっとこわばった。
「何ですか?」
「私ね、陽子ちゃんに話さなければいけないことがあるの。」
「はい、どんなことでしょう。」
「実はね。お父さんのことだけど。元彦さんが亡くなったときにね、陽子ちゃんに伝えてほしいと頼まれていた言葉があるの。」

陽子はぎくりとした。
どうやって、そのことを切り出そうかと思っていたところだ。
「メモを書いていたの、元彦さん。奥さんやあなたや祐介君あての。」
加奈は父親のことを名前で呼んでいた。普通は苗字で呼ぶのだろうが、加奈が名前で呼ぶのは何故か違和感が無かった。
誤解されるといけないので、さすがに人前では避けていたようだが、陽子の前では普通のことだった。
「はい、知っています。だけど、全部書ききれなかったみたいで… 」
「そう、奥さんや祐介君にはすらすら書いていたわ。でも、あなたあてに書こうとすると手が止まったみたい。」
「時間が無かったんじゃないんですか?」
「時間はあったと思う。私も必死だったけれど、書く時間は何とかあったと思う。でも、」
「でも?」
「あなたには書くことが多すぎて、というか、迷っていたみたいね。」
「迷っていた?」
「うん、聞いたそのままの言葉を伝えようと思ってたんだ。」 「はい。」
「でも、その前にちょっと、私の告白聞いてくれるかな? もったいぶるわけじゃないんだけどさ。」
「告白? 何だろう? いいですよ。私でよければ。」
「あなたに聞いてほしいの、あなただから、聞いてほしいの。実はね。私元彦さん好きだったの。」
「え?」陽子は言葉に窮した。

「あなたのお父さん好きだったの。人間として男性として。でも、誤解しないでね。何にもなかったわ。」
陽子は何故そんなことを。たとえそうであったとしても何故今になってそんなことを打ち明ける?加奈の気持ちが理解できなかった。もしかしたら、事故の後遺症かなにかで、まだ錯乱状態にあるのか?
そうだとしたら、このまま聞いてあげることが落ち着かせることになるのかもしれない。
陽子はとりあえずおとなしく聞くことにした。
「元彦さんは潔癖な人だった。本当言うとね、結構本気で誘惑したこともあるのよ。でも、元彦さんは絶対、仕事の関係から深入りはしなかった。私はそれでも、一緒に仕事が出来るだけでも幸せだった。」
加奈は淡々と話を続けた。
「あの事故の時ね。本当は私も死んでいるはずだった。元彦さんが私をかばってくれたの。」
「父がかばって? でも、そんなこと飛行機の墜落で人を助けられるはずが…」
「私は怖くて怖くて、震えていた。そうしたら、元彦さんが肩を抱いてくれたの。結果的に落ちたとき私に覆いかぶさるようになったから、私に当たるはずの機体の破片を元彦さんが代わりに… 」
淡々と話していたのは冷静さを保とうとした加奈の精神力の強さだった。

そこまで話をして、力尽きたように頬に涙が伝った。
「元彦さんは、あなたに言葉を伝えてくれと言って… 私の代わりに… 。」
「でも、それは加奈さんの責任じゃないわ。それに、そんなこと関係なく墜落したのよ、生きていることじたいが奇跡じゃないですか。加奈さん。自分を苦しめないでください。」
精神的に錯乱しているのでも、事故の後遺症なんかでもなかった。
陽子は加奈の苦しみが分るような気がした。
「元彦さんはね。私に”君は生きろ、命があるうちは、精一杯生きろ”って… 私にはそれが最後の言葉ね。実はね、陽子ちゃん、この7年間、私は元彦さんと一緒だったのよ。」
「父と一緒? どういうことですか?」
「夢… もしかしたら夢かもしれないけれど… 私は元彦さんと一緒に行きたかった。」
「それは、死にたかった… ということですか?」
「そう、飛行機が墜落したとき、まさか自分だけ助かるとは思っていなかった。いつ、あなたへのメッセージを聞いたか、実は覚えていないの。夢の中で元彦さんと何度も話をしたときに言っていた言葉だから。」
「墜落したときに聞いていたのではないんですか?」
「墜落したときの記憶はないわ。あのときの記憶は元彦さんが私をかばってくれたということだけ。
きれいなお花畑に、広いお花畑… いつも天気も良かった。そこに元彦さんがいたの。それから、いろいろ話をしたわ。

最後に自分はもう行かなければならないけれど、私には生きて、自分の分まで生きて、そしてこの言葉を陽子ちゃんに言ってほしいと言って… 行ってしまった。私も連れて行ってと言ってお願いしたけれど。ついてくるなって… 初めてかな、本気で怒られたの。生きろって、命がある限りは… 」
陽子には分らなかった。本当の話なのか… それでも加奈の言葉は素直に信じることが出来た。
嘘を言う人ではない。物事の善悪、大事なこと、やさしさ、厳しさ… それを知っている人だ。
「信じてくれなくてもいいのよ。」
「ううん、信じます。加奈さんは嘘をつく人じゃないし、そんな理由もないです。」
「そう、ありがとう。それじゃ、元彦さんから頼まれたそのままの言葉で言うね。」
「はい。お願いします。」
陽子は心の背筋を伸ばした。
「元彦さんは、あなたのお父さんはこう言っていた。”陽子、ごめん。いつも、いつも最後になって”」
「―そんな… こと」

陽子はちょっと絶句した。父さんが最後の言葉に選んだのはそのこと?
それは、いつも私が感じていたことだけれど、最後にあやまられたって…
陽子は少しくやしかった。何故かやりきれない気持ちがあった。
7年間待ったのは… そんな言葉がほしかったわけじゃない。
それではどんな言葉を望んでいたのか?
陽子は分らなくなった。私は… 私は、けっして父を嫌ってはいなかった。
世間で同じ年頃の女の子が父親と一緒に歩きたがらないとか言っているのも陽子には分らなかった。
うっとうしそうに父親の話をすることも実は理解出来なかった。
父さん… 私は何を望んでいたの? 
むしろ好きであった父親にあやまってほしいわけではなかった。
父を責めたことはない。

陽子は本当にこの場になって分らなくなっている自分を発見した。
最後に父親が何を言いたかったのか、いろいろ想像したのではなかったのか。
自分にとっての父の存在をあれほど考えたのではなかったのか?
そうだ。陽子は、思い当たった。ただ、自分を見てほしかった。それだけなのだ。
「それだけ… それだけですか? お父さんが言っていたのは?」
「ううん、その後、言葉を選ぶように、”父さんは、お前を一番愛している。これだけは忘れないでくれ。世界中で一番愛している。いつかこれだけは言いたかった。”って。」
その瞬間、陽子の何かが溶けて崩れ落ちた。涙が止まらなかった。
時間も一瞬止まったような気がした。
陽子の涙は自然にあふれた。誰も止めることは出来ない。とめる必要もない。
そして、その言葉は陽子のもの。陽子の心の中にしまわれるだろう。これからずっと。
「陽子ちゃん、このメッセージを伝えたくて私は戻って来たの。でもね、私も生きるね。精一杯。」

加奈のやつれた顔の中には決意を秘めた瞳が輝いていた。
また、会おうね。 そんな約束をして、陽子は病室を出た。
(口に出しては言えないセリフだよね…)
陽子は久しぶりにさわやかな天気を感じた。
(でも、待たせ過ぎよ。7年間は長かったわ。お父さん。)

~ending

外は本当に雲ひとつ無い秋晴れだった。
陽子は長いこれからの人生を、展望した。しかし、先の長い人生に対しての不安は無かった。

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短編を書きました(^^ゞ~前編

最後の言葉~(ラストメッセージ)

introduction~

天気が何となく怪しい。
もう10月に入ったというのにまだ夏の名残があるように少し蒸している気がする。
日曜日くらいスカっとした秋晴れになってほしいものだ。

1

北里陽子は27歳になる。短大を卒業してもう就職7年目のベテラン社員だ。
男性社員では7年目はまだまだだろうが、陽子の心境としては毎年新卒が入るたびに何となくお局になっていく気がした。
結婚。そんな言葉もよく頭によぎるようになった。
取り立てて美人だとは思わないが、そんなに悪くもない。

でも、付き合う相手は不思議といない。7年間まるっきりいなかったわけではないが、長く続いた恋人はいない。
結婚か…。ひとりじゃ無理だよね、こればっかりは…。
結婚という言葉はよぎるが、楽天的な性格からかあまりくよくよはしない。
入社した頃は、それでも夢があった。
陽子の職場は中堅の電気メーカーで、これといって特色はない会社ではあるが、それなりに気に入って入社した会社だ。
自分でも何か出来るに違いない。
その頃は結婚をほとんど考えてはいなかったが、心の支えになる恋人はもちろんほしかった。

漠然とした夢があった。理想を描いていただけかもしれないが、希望もあった。
今は、特別何もない自分を知っている。
7年間はその答えを出すには十分な年月であった。
それもあるのか? やはり結婚という言葉が最近少し重い言葉に思えるようになったのは…。

昨日電話があった。
相手の名前は木本という。今日の休みを利用して会いに行くのだ。
しかし、会いたいのは電話をかけてきた本人ではない。
長い長い眠りから覚めた眠り姫… もう7年間も待った。
相手の名前は木本加奈。
「7年になるんだなあ」
陽子はひとりごちて長い記憶を手繰った。この7年間ずっと忘れてはいなかった。
父は何を言おうとしていたのか… 。
7年前のその日は突然やってきた。



10月の初旬。やはりその日もさわやかな秋晴れとはいえない日だった。
父は取材旅行で沖縄に行っていた。
父親の元彦は「いまから」という地味な月刊誌の専属カメラマンだった。
地味ではあるが、現在をどう生きるか、これから自分には何が出来るか、等の答えの出ないテーマを毎回真摯に取り組んでいた優良な雑誌で陽子はこの雑誌を結構気に入って読んでいた。

陽子のような若い人が読むには地味な雑誌ではあったが、若いファンもそこそこいたようである。
父の撮った写真も好きだった。
元彦の写真は被写体を自然に写すということに徹していた。
誰にも簡単に出来そうでなかなか難しいことではないかと思う。
自然体を撮る。陽子には父の写真には何故かやさしさが込められていたような気がした。
それは父親の人間性が滲み出ているのか、自然に撮ることがそんな風に見えるものなのか…

陽子には技術的なことは分らなかったが父親の写真は好きだった。
いつも、元彦と一緒に仕事をしている木本加奈という記者の書く記事にも好感を持っていた。
まじめだが、何処かユーモアのセンスがあり女性の繊細さを持ちながらときには男性的にものごとをずばりと指摘する。
もしかしたら父の影響を受けているのかなと思うこともあった。
父親がよく言いそうなことを書いていたりすることがあったからだ。
陽子は短大を来年卒業で、会社の内定ももらっている。
成人式も来年の1月に控えている。

その頃の年頃の娘なら誰だって何かそわそわしているに違いない。
陽子も同じだった。元来、同じ年代の友達からすると地味な方だったが、二十歳くらいの年だったら若さが滲み出ているものだ。若さは勢いの代名詞であろう。
よく、母親の康子からは「そそっかしい、しっかりしなさいよ」とたしなめられる。
陽子からみれば「しっかりしなくちゃいけないのはどっちよ」と言うところなのだが、
冗談で言い返すことはあっても本気で言い返したことはほとんどない。
母が言う口癖はわかっていたし、悪気があるわけじゃない。
そういう性格なのだ。自分のことは棚に上げてとりあえず人のことは言う。言わずにはいられない。

そう考えると自然におかしくなってくる。
子供の頃はそれが疎ましく思えることもあったが、20歳になる今は不思議とそんな母親も
何処となくかわいい気がするときがある。
自分に余裕が出てきたのかな? でも卒論の事やら弟の事を考えるとそんな余裕ないはずだが… 

そう弟… 6歳違いの弟がいる。祐介という。
北里家の悩みの種だ。
祐介はもともと気が弱い性格で小学校の頃から学校にはあまり行かなくなった。
中学2年の今も同様である。
悪い仲間に加わることも最近はあるようだ。
その連中は祐介と別に気が合っているというわけではなく気が弱い祐介を利用しているのは明白だった。
陽子は学校に行かないことよりも素行の悪い連中との付き合いだけは止めさせたかった。

父親の考えも同様だった。もちろん行かなくてもいいという考え方の持ち主ではないが、自分をしっかり持っている人間であれば勉強などは取り返しがつくと思っているようだ。
だから、北里家としては不登校より何とか悪い連中との接触を止めさせるというのが第一の目標になっていた。
陽子の記憶では父とはあまり話しをしたことが、無い。
どうしても子供の頃から気が弱く、何やら問題を起こしてきた弟の方に掛かりっきりになってしまう。

母親は弟が生まれたときは、それはそれはかわいがった。
しかし、かわいさあまって… というのであろうか、
弟が小学校に上がって不登校が始まり、たとえ学校へ行っても何かするのじゃないかという心配が続き、次第に態度が変わっていったように思う。
少なくとも陽子には母親がそう変化したように見えた。
でも、やはり母親は自分に対してよりも弟をかわいがっているようにも見えた。
父親も弟に時間をとられることが多くなってくると陽子は何となく疎外感を感じるようになっていった。
そんな陽子を父親はいつも自分に何か言いたそうにしていたように思う。



事故だった。
沖縄に取材旅行に行った帰りの便であった。
突然にそのニュースは陽子の目に飛び込んできた。
沖縄那覇14:00発、16:00羽田着の父の乗った飛行機が墜落した。
「乗客及び搭乗員124名の乗った旅客機が・・・上空で消息を絶ちました」
目の前が文字通り暗くなった。

血の気がうせるとはこういうことを言うんだな… 
陽子は身体の真から冷たくなるということを初めて体験した。
ソファに座ってなければおそらく倒れていたのではないか。
何で顔を向けたのか分らなかったが母親の方を見たら、母親もテレビの画面を見つめて呆然としていた。
顔面蒼白という言葉が頭の中をよぎった。
何でこんなときに… くだらない言葉が浮かぶのだろう。

頭の中が現実を受け入れることを拒否しているかのようだ。
日曜日だった。
陽子はめずらしく家にいて母親とそれもめずらしく並んでテレビを見ていた。
特別予感があったわけではない。何気なくただ、何となくそうしていた。
あまりにも突然だった。
父親の取材旅行はめずらしいことではなかった。
でも、時々には父親の乗った乗り物が事故にあったら… という想像をしたときもあった。
この日は、この取材旅行に関しては何故かそんなことを一切考えてはいなかった。
呆然とした時間はたっぷり3分いや、5分にも1時間にも感じた。

陽子が最初に口を開いた。
「乗ってるわけないじゃない… 」
母親は泣き崩れていた。
北里家の長い一日が始まった。けれど、陽子はその後何をしたかほとんど覚えていなかった。
ただ、一日は長かった。



奇跡的にも生存者がいた。
124名中、わずか2名。
父がそのうちの一人であることを陽子は祈ったが、叶わぬ願いに終わった。
生存者の一人が木本加奈。父親のパートナーの記者である。
取材旅行には二人で行っていた。

後に返された父の遺留品の中に墜落する間際に書きなぐったメモがあった。
残された家族へのメッセージ。
もうすぐ死ぬであろう状況の中で愛するものたちへの最後の言葉。
そこには、母親に向けた言葉が一番先に
「康子へ、先に逝く自分を許してくれ」とあり、
息子に向けた
「祐介、家族では男はお前一人だ。強くなれ、そして母さんや姉さんを支えてやってくれ」
とあった。

娘に向けた言葉は、 「陽子へ… 」
という、名前を残したきり後は何も書かれていなかった。
陽子はこの父の残したかった言葉をずっと考えてきた。
7年間は長かった。ずっと吹っ切れないものがあった。
(お父さんはもういないんだ。続きを聞こうと思っても、絶対に聞くことは出来ないんだ)
と何度もあきらめようとしたが、何故かあきらめ切れなかった。
父親と一緒にいた仕事仲間が生きている。きっと何か知っているに違いない。

どうしてもそんな気がしてならない。
自分に言いたかったことは、もう時間がなくて書けなかったんだろうか?
それとも、書く言葉が無かったのか?
いや、最後の言葉になるかもしれないメモに書く言葉が無かったとは思いたくなかった。
(時間が無かったのか… それとも、残したい言葉が多すぎてまとまらなかったのか… )

陽子はいつも答えの見つからない考えをそこでどうにか終着させていた。
本人がいないのだから答えなど出るわけが無い。
木本加奈が何か知っている。父親と一緒にいた彼女は何か知っている。
書けなかった理由を知っている。もしかしたら書きたかった言葉を聞いているかもしれない。
だから、今日会いに行くのだ。会わなければならない。

つづく

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2009年1月30日 (金)

映画も長~い付き合い(その4

映画館考察

映画館へ行って映画を観るのが好きだ。

何故か?

家でDVDをゆっくりこたつ(冬なら)にでも入って、あるいはリビングのソファで

コーヒーでも飲みながら、くつろいで観る方が好きという人も沢山いるに違いない。

特に今のテレビはインチ数も大きくなったし、画質も鮮明だし、音響も5.1ch仕様とか、

クリアな音で映画館に近い環境で観ることも可能な時代になった。

それはよく分かるし、自分でも自宅に出来ればAVルームが欲しいと思う。

でも、自宅にAVルームを作ることが出来たとしても、やはり映画館には行くと思う。

好きなのですね。結局、あの雰囲気が(^_^;)

DVDもなく、テレビの画面が小さく、画質も粗く、音響もショボかった15年前だったら、

明らかに映画館と自宅のテレビとでは大きな開きがあった

映画館に出かける価値は今より何倍もあったように思う。

思うに映画は大きくても鮮明な画面、大きな音を出しても歪まないクリアな音響などを

前提にしたカメラアングルやら音作りやらをしていたので、映画館でなければ

その本来の映画としての醍醐味を味わえなかった

でも、今や自宅で映画館に近い環境を作れる。自分でも、AVルームは欲しいと

思いつつ、自分でもサラウンドヘッドホンと42インチの画面でそこそこ満足はしている。

いい時代だ。

それでも、やはり映画館へ行くだろう

それは、スポーツや芝居やコンサートを観る感覚に近いのかも知れない。

もちろん映画はライブではないけれど、「映画館へ行って映画を観る」というのは

「ホールへ行ってコンサートを聴く」「スタジアムへ行って野球を観戦する」ということの

疑似体験をしているのかも知れない

何にせよ、映画館は好きだ。

もっともっと、便利になった未来に「スタートレック」の「ホロデッキ」みたいなものが、

家庭用に売り出されたら映画館へ行かなくなるかもね…(^◇^)

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2009年1月29日 (木)

今年最初のライブ行きました~

先日25日に行った「森広隆」のワンマンライブは、今年最初のライブに

ふさわしく、熱い熱いライブとなりました。本当、良かった~。

彼の歌とボーカルとギターは本当に絶品です。

バンドプレイヤーも相変わらずすばらしい。

ドラムの「村石雅行」。もう半端ないっす。もちろん他のプレイヤーもすごい。

アマチュアドラマーとはいえ、自分もあんな風なプレイが出来るように

少しでも近付きたいと思う。

2回のアンコール入れて2時間はあっという間でした。

とはいうものの、だんだんオールスタンディングはつらい年齢になってきたかも

翌日も腰が…足が…張っておりまして…、情けないぞ、オレ。

そんなんじゃ、すんばらしいドラムのプレイうんぬんの前に運動しなくちゃ…だね(^^ゞ

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2009年1月28日 (水)

そういうものでしょうかねえ…

「パートナー以外の異性の友人と二人っきりでの食事はOK?アンケート」

このアンケートだと、5人に1人は「パートナー以外の異性と食事もしない」

ということなんでしょうね~

気にし過ぎではないのかなあ…?  それはともかく、

異性の友人ってのは、長くは続かないといいますよね。

アンケートをとると女性の方が「異性の友情が成り立つ」

ということに、肯定的な結果がでるみたい。

要は男の方に問題があるのでしょうね。

だって「下心丸出し」なんだもん(゚ー゚;

「良い感じの女性だな、友達になりたいな」と思ったときから、

友達=パートナーという図式が成り立つのでしょうね~

で、結果突っ走ってしまい、友情さえも残らないような壊し方をしてしまう。

うーん、男って「アサハカ」?

最近の若い人(とうとう自分もこんな言い方をする年になったか( ̄Д ̄;;

ってどうなんだろう?

自分では「異性の友情」は「あると思います」と肯定派なんだけれど。

実際、友人として長年続いている女性いますしね。

パートナー以外の異性と食事も出来ないなんて、考えたことなかったから

こういうアンケート結果をみると「えー!」って気になるなあ。

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2009年1月27日 (火)

どっこいしょ…ベスト10です。

いろいろな「マイベスト10」をやっていきたいと思ってますが、

今回は「いままで自分が観た映画のオールジャンルベスト10」であります。

1、燃えよドラゴン

2、2001宇宙の旅

3、スティング

4、大脱走

5、明日に向かって撃て!

6、ターミネーター2

7、ET

8、JAWS/ジョーズ

9、マトリックス

10、転校生

とまあ、こんな具合です。まあ、何と言うか…

「そうなっちゃいます?」って感じですねえ。

で、これは観た映画が増えることによって入れ替えがあったり、

順位が変わったりしていくわけです。

また、その時の気分によって変わる時もあります(いい加減です(^^ゞ

ですが、この何十年間も1位~3位だけは不動なんですね。

それだけ、影響を受けたりインパクトがあったりした作品ということになります。

燃えよドラゴン」は何と言っても自分にとって格闘技映画好きのきっかけとなった

映画だし、「2001年宇宙の旅」はSF好きな自分をさらに深~いところまで

誘ってくれた映画だし、「スティング」は「映画ってエンタテイメントなんだ!」

ということを再認識させてくれた作品で、どれも自分にとって忘れられない映画。

この10作品だけで、もう何度も見返しているので、延べ100回以上

観てると思うけれど、何度観ても、飽きたり色褪せたりすることが全くないのが

自分でも不思議ではあります。

自分なりの「SF映画ベスト10」とか「アクション映画ベスト10」とか、

いろいろやって行きたいですね~。

でも、苦手なジャンルもあります。

それは…”恋愛映画”。

この手の映画だけは何だか見逃しているのが多い。

何かねえ…入りづらいんですよねえ、映画観一人では(^_^;)

良い作品、沢山あるのだろうけれど…

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2009年1月26日 (月)

豚汁です。

090126_17160001 会社で豚汁です。

料理の上手いおじさん社員のAさん。

先週から「来週の月曜日は豚汁作るからね~」と

みんなにふれまわっておりました。

で、実行。

この11日にも鏡開きで、雑煮を作った腕前を大いに振るってくれました

美味しいのです。「Aさん、何処かで料理習ったことあるの?」と聞いたら、

「いやいや、全然。自己流だよ~」って答えるのだけれど、

料理屋で出されるような「ちゃんとした味」なのです。

お昼にいただき、沢山作ってくれたのでおやつ代わりに、

夕方に、またいただきました(o^-^o)

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2009年1月25日 (日)

2008年度の映画マイベストテン決定

昨年やろうとして、まだ、途中なのでということで先送りにした

2008年度の映画マイベスト10」決定です。

自分の観たベスト10なので相当偏ってますが(o^-^o)

1、レッドクリフ

2、おくりびと

3、容疑者Xの献身

4、ダークナイト

5、アフタースクール

6、ONE PIECE ワンピース THE MOVIE エピソードオブチョッパー

7、告発のとき

8、テラビシアにかける橋

9、K-20

10、20世紀少年

とまあ、こんな感じになります。

DVDで観たものもありますが、あくまでも2008年公開の映画ということで

限定しています。

こう見直すと、去年は圧倒的に邦画が良かったのかなあ

これ、と思って観た洋画がことごとく自分にとって期待はずれだったなあ。

例えば好みの、シャマラン監督の「ハプニング」。

これ、出だしはすごく怖いんです。

「どうなるのだろう?」とぐいぐい引き込まれる。

いいんですよ、本当に途中までは。でもね~…ネタばれになるので書きませんが(^-^;

期待しちゃった「ミスト」や宣伝しすぎな「地球が静止する日」、

「クローバーフィールド」など…

普通に面白かった洋画もありますが…

「ジェシー・ジェームスの暗殺」は観ごたえあったし、「ジャンパー」や「NEXT」なんかは

好きなジャンルの作品だし、「バンテージポイント」「88ミニッツ」も面白かった。

他にも「ドラゴン・キングダム」はカンフー2大スターの共演で熱くなったし、

「インディ」はさすがに痛快エンタテイメントだと感心したし、「ノーカントリー」は

本当にすごい映画だし、「ラスベガスをぶっつぶせ」も小粒ながら良かった。

でも、自分の中ではランキング外なのですねえ。

やっぱり感動やら観終ってからの余韻やら、何かを残してもらった作品

どうしても心の中に焼きつきます。

邦画も他に「陰日向に咲く」や「ザ・マジックアワー」、力作「クライマーズ・ハイ」、

「相棒」も良かったなあ。

でもまあ、自分の中では「おくりびと」「容疑者Xの献身」はダントツですけどね。

早く「レッドクリフ」パート2観たいなあ(o^-^o)

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2009年1月24日 (土)

バンドは楽しい~その2

今日は「TOTOROSE」のリハの日だ。

このバンドは自分のオリジナル曲をメインにしている女性ボーカルの

ちょっと昔の歌謡曲っぽい感じのPOPバンドだ。

何とか今のメンバーに固まって2ヶ月というところなのだけれど、

実は結成はまる2年前にさかのぼる

2年前に30年以上の旧友で音楽仲間である、O、N、Mの3人と自分を入れて

4名が集まった。

3年前に若くしてこの世を去った、僕とO君の同級生で音楽仲間でもあったU君を偲ぶ

という名目で関係の深い4人が集まり、スタジオで音を出そうという話になったのだ。

Uは僕の音楽性に多大なる影響を与えてくれた奴だった。

何せ、オリジナル曲は数百曲は持っていたし、そのほとんどが水準の高い

作品だったし、ボーカリストとしてもハイトーンボイスでなかなか味のある声の

持ち主だった。

その彼の曲をスタジオで音を出しているうちにN君と何となく、

「バンドにしようか」と言う話に盛り上がっていった。

で、どうせバンドにするなら、曲を作れるメンバーが3人もしたので、

オリジナルをそれぞれ持ち寄って定期的にリハをしようという話になったのだ。

が…このメンバーでは長続きはしなかった…

実は音楽性が全然合わないメンバーなのだ。

特にO君との違いは歴然。

お互い長い付き合いなのでその辺は熟知していたのだけれど、

もう十分大人になっていたので、もしかしたら合わせられるところもあるのでは

と思っていたのが大きな間違いだった(笑)

また、おいおいその辺もつぶやいていこう(^-^;

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2009年1月23日 (金)

たくましい日本の…

今朝の通勤電車でのこと。

僕の斜め前の席が空き、前に立っていた僕と同じくらいの年まわりの

男性が網棚からカバンをおろして座ろうとしていた。

すると、どこからか(かなり離れていたように思う)年配のおばはんがすーっと

出てきて、座ろうとしていたおじさんの顔をのぞき込み、

「いいですか?いいですか?」とほとんど座ろうとしている態勢で言い放った。

そう言われて「だめです」とは言えないぞ…っていうか、

もう座ってるやんか、おばはんw(゚o゚)w

たくましいというか…麻生流でいうと「さもしい」となるのでしょうか?(^-^;

そのおばはん、座ったとたん眠り始めた。

まあ、本当に寝てるのか下向いてただけなのか分からないけれど…

おろしたカバンをまた網棚へ戻すおじさんの姿に哀愁が漂っていた…(゚ー゚;

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2009年1月22日 (木)

マンガ(アニメ)は長い付き合い…その4

野球漫画だ。

マンガが好きで、野球が好きなので当然野球漫画には”ハマる”わけですね。

まさに「一粒で2度美味しい」というわけです。

やはり最初に読んだ作品は「巨人の星」だ。

もちろんテレビアニメは毎週観ていたし、映画も観に行った。

特に飛雄馬が成長してから当時のプロ野球界とのシンクロが

面白さを増していたのかも知れない。

小学生だった自分にとって「魔球」が出てきて、現実のプロ選手を

バッタバッタとアウトにしていくのは痛快極まりないものであったと思う。

ただ、大リーグボール2号「消える魔球」は子供なりに

「それはないだろう…」って気持ちもちょっとあったけれど(笑)

完結したのが中学に入ってからだったかな、淋しいエンディングだった。

アニメ版の方はそうでもなかったのだけれどねえ。

「巨人の星」より前に描かれた野球漫画がある、ということで、

小学校の頃、読み漁ったのが、「ちかいの魔球」と「黒い秘密兵器」だ。

個人的には「ちかいの魔球」(ちばてつや著)の方が好きだった。

同じ「魔球」を扱った野球漫画だけれど、「ちかいの魔球」の

何となくほのぼのとした作風が子供心に安心感があったのかも知れない。

それと「スポーツマン金太郎」(寺田ヒロオ著)なども同じように

どことなく癒し的な作風で好きだった。あまり知名度はないようだけれど。

そのあとに、同じような「魔球」やら「超人的」な主人公が出てくる野球漫画が

はやったけれど、それとは対照的な「キャプテン」、その続編「プレイボール」あたりが

非常に好みにだった。

「魔球」が売り物のマンガと比べれば比較的地味な作品だが、この”何となくほのぼの”

というのが、もしかしたら自分の好みの作風なのかなと思う。

考えてみれば、「巨人の星」は好きだったが野球漫画ではないけれど、

同じ時代の大ヒット作「あしたのジョー」の方が作風としては好きだった。

「あしたのジョー」と言えば、ボクシング漫画の先駆けといえる作品。

野球と同じくらい格闘技も好きだったので、空手や柔道、キックボクシングを

テーマにしたマンガも同じくらい大好物だった。

切りがないんで、この辺はまたの機会にしよう(^-^)

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2009年1月19日 (月)

今日のおやつはカエルまんじゅう

090119_14390001 名古屋の「カエルまんじゅう」です。

かわいいだけではなく、

こしあんでなかなかのお味。

で、さらに「ういろう」です。

090119_14430001一口サイズで食べやすい。

ちゃんとお昼は食べていて、お腹がすいているわけではないけど、

何故か食べられるのです。

「メタボキラー」とか「ダイエット推奨軍」からの攻撃は私の大きな「脂肪の海」に

いともあっさり沈んでゆくのです…(゚ー゚;

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2009年1月18日 (日)

今日はライブなんで、これから六本木に出かけるけれど、

めったに六本木なんて行かないから緊張するなあ(笑)

あれ?いつ行ったっけかな~、何ヶ月ぶりだろう?

確か去年「スイートベイジル」って店にライブを観に行ったきりかな。

「ゴスペラーズ」の「黒沢薫」がソロでやっていたライブだ。

ライブ自体は良かったのだけれど、女性客が多いのには驚いた。

90%以上の女性比率。まあ、それはそれで楽しいのだけれど(*^-^)

その前の年も確か「スイートベイジル」ライブ観に行ったから、

年に1回ペースで六本木に行ってるんだなあ。すごいじゃん(笑)

でも何か人の多いところへ出るのは苦手なんですよねえ(^-^;

日頃、地元船橋も休みの日にはそこそこ人が多いのだけれど

東京の密度の濃さには全然かなわない。

まあ、人にぶつからないように気をつけて歩こう(o^-^o)

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2009年1月15日 (木)

ね、眠い~

朝から頭痛がして体調が悪かったんで、こりゃ風邪だと思って、

昼過ぎに風邪薬飲んだんだけど、妙に眠くなった。

薬のせい?

今の薬は眠くなる成分は入ってないんじゃないのかなあ。

どっちにしても、今日は早く寝ようっと。

ライブも近いし、体調を整えないとね~

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2009年1月13日 (火)

じゃーん

090112_21550001_2 むふふふふ(o^-^o)

わがギターコレクションであります。

といっても、実はこれ1/12スケールのフィギュアですが。

良く出来てるなあ…最近のフィギュアって。   090112_22000001

関心しちゃいますよね。

これも弦が張ってあるともっとリアリティがあると思うんだけど。

高校時代からずっと今でもほしいあこがれの機種。

フィギュアは300円だったけど、本物はうん十万(笑)

ここのメーカーで1/1スケールのフィギュアを3,600円で販売しないかな。

うんにゃ、楽器は飾っとく物じゃないですね。

演奏しなくちゃ意味ないか…(^-^;

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2009年1月11日 (日)

やっちまった…

一昨日は会社の新年会だった。

ちょっと足を延ばして、ちゃんこ鍋の「巴潟」という店へ行った。

本格ちゃんこは初めてだったので、楽しみだったのだけれど

その期待を上回る美味しさだった

で、飲んで飲んで、食べて食べて…かなり出来上がってしまった。

どうやら自分は一年に一度は飲んでの失敗をしてしまうようだ

一年前は、顔からダイブしてメガネを壊し目の下に大きな傷を作って

顔中血だらけになった。

出勤して「ブラックジャック?」などとしばらくは言われたなあ…

今回は十何年かぶりで吐いてしまった。

それも、帰りのタクシーの中でw(゚o゚)w

オマケにタクシーから降りるときにコケテしまい、またもや顔を打った(゚ー゚;

今回はメガネは無事だったのが不幸中の幸いか(笑)

汚物だらけのスーツで顔から血を流して帰ってから

しばらくは禁酒の誓いをさせられてしまったのが、ちょっと淋しい…(^-^;

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2009年1月 7日 (水)

マンガ(アニメ)は長い付き合い…その3

自分にとって子供のころ手塚治虫氏は「神様」のような存在だった。

「神」というとちょっと語弊があるかもしれないけれど、当時の野球少年と「王貞治」、

「長嶋茂雄」の関係と近いのだろうか。

今でも彼は天才だったと思う。天才と一言では括れないかもしれないけれど。

鉄腕アトム」でマンガに目覚めて、小学校5年のときに「火の鳥」を読んで衝撃を受けた。

SFという世界にも足を踏み入れるきっかけになった。

だからマンガやアニメのことを語るときは手塚治虫という存在なしではありえない。

そして、二十歳の時に衝撃的なアニメに出会う。

ある街角の物語

手塚治虫設立の虫プロの第1作目というアニメだ。

この頃はもう「鉄腕アトム」や「ジャングル大帝」など商業的に大成功していたので、

二十歳のころの自分はそのような手塚アニメした知らなかった。

今から46年前に作られたという「実験的」なアニメの予備知識がなかった。

で、「ある街角の物語」を観て脳天を一発ガーンとやられてしまったのだ

その頃、かなりの本数の映画やアニメも観ていたのだけれど、

これほど泣けて泣けて感動して席をしばらく立てなかった作品は初めてだった。

アトムやレオの表舞台の手塚治虫と「ある街角の物語」「ジャンピンぐ」などの

実験アニメの手塚治虫。どちらも手塚治虫に違いないけれど、ただ、

両方の「手塚治虫」は僕に多大なる影響を与えてくれたことは間違いない。

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2009年1月 5日 (月)

バンドは楽しい~その1

近々ライブがあるので、バンドのことを少し書きたくなった。

現在、僕はふたつバンドをやっている。

ひとつは「BASARA」というドラマーとして参加しているバンドで、

もうひとつはTOTOROSEという曲提供とドラムを兼任しているバンドだ。

「BASARA」は女性のボーカルとコーラス、ギター、ベース、キーボード、サックス、

ドラムの7人編成のバンドで、今のメンバーに固まってから1年3ヶ月になる。

この1月18日に六本木の「club Edgeでやるのが現メンバーで3度目のライブ。

「BASARA」は1年3ヶ月といっても、実はリーダーであるギターとはかれこれ

25年ほどの付き合いになる。

今、考えると25年前はバンドメンバー募集もパソコンも携帯もなかったので、

実にのんびりしていたように思える。

「BASARA」のリーダーともメンバー募集で知り合ったのだけれど、当時は

「ぴあ」とか「シティロード」なんて雑誌に募集記事を載せたものだ。

電話番号は掲載するといたずらのもとになるというんで、住所しか出せなかった。

なので、通信手段はハガキだ。(笑)

雑誌掲載までに確か2~4週間くらいかかったように記憶しているので、

メンバー募集をしてから、最初の加入希望者のハガキを手にするまで

1ヶ月以上はかかったものだ。今からすると考えられないねえ。

おっと話が脱線すると切りがない(笑)

と言うわけで、リーダーとは長い付き合いで、ブランクはあるけれど一緒に

いろいろなバンドをやってきた。

「BASARA」は曲もリーダーが作っているのだけれど、バンドメンバーとしては

まず曲が気に入らなければ長くは一緒にやっていけない

実に気持ちの良い曲で、ドラマーとしてはやりがいがあって楽しいことこの上ない。

ということで、今後バンドに関することもぼちぼちとつぶやいていきたい

と思っております。

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2009年1月 4日 (日)

さあ、仕事始めだ~

さー、明日から会社だ。

気合入れて頑張るぞ~!

というのは空元気だけど(笑)

休みは過ぎてみればあっという間だったけれど、今回はそれなりに

休養が出来たし、良かったと思う。

ふと思ったけれど、今回の休みは不思議とあまりお酒を飲んでない。

いつもだと、年末だ、正月だと毎日飲んでたはずなんだけれどなあ…

でも、我慢したわけじゃない。飲みたいときは飲んでたし。

そうだ、映画(DVD)を観ていたからだな、と改めて思う。

昔から真剣に映画を観るときは、飲まない。

音楽は飲みながら聴くのは好きだけれどね。

自分でもそこは不思議だなと思う。

今度ゆっくり考えようっと。

とにかく明日から仕事、ちょっとは気合入れなくちゃ(笑)

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2009年1月 2日 (金)

あけました。

あけました。

今年は元旦から映画館に行った。

昨年見逃したから「ミラーズ」と「K-20(TWENTY) 怪人二十面相・伝」だ。

「ミラーズ」はなかなか怖いですな。

鏡がキーになっているから、生活に身近なものってやっぱり怖いよね。

でも、ラスト近くになってくると怖いよりアクション?って感じで。

まあ、霊より悪魔って方が西洋人には怖いのかな。

「K-20」は面白い。まるでノリはハリウッド映画って感じでエンタテイメントしてる。

いやー、今はハリウッド感覚の邦画も撮れる時代なんですね~

休みの間にもう1~2本は映画館行きたいなあ。

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