短編を書きました(^^ゞ シリーズになる予定です。②
夏の雪~後編(エンジェルシリーズ①)
少女が舞いを一瞬止めて答えた。
「知らないわ、でも、そんな感じがするの。」
~何だ、脅かすなよ。~
何なんだろう。この娘は。母親だか友だちだか早く来ればいいのに。
でも、暇つぶしにはいいかな。結構楽しんでいるのだろうか?
どうせ玲子は来ない。時間はあるしな。
拓哉の脳裏にはいろいろなことがよぎった。
玲子に次に会ったのは、重い足取りでようやくテニス教室に
行く踏ん切りがついたときだ。
そのときもいつもの拓哉だったら、いかにも偶然風…しかし、
自分に会いに来てくれたのかな…と相手に思わせながら普通に
何気なく「やあ、こんにちわ。」とかなんとか昔からの知合いのように
自然に溶け込んで行くことが出来たろう。
しかし、その日は違った。
教室の外で待って、声を掛ける算段だった拓哉は
階段途中で足を踏み外し転んだところを
玲子に後ろから声を掛けられた。
おまけに振り向きざまに驚いた、間の抜けた顔を見られてしまった。
~ぶ、無様な。何をやっているんだ俺は~
こんな間の抜けたことは今まではなかった。
なんだって転んだことなんてめったにないのにこんなときに転ぶ?
しかし、玲子は優しかった。
「大丈夫ですか?ごめんなさい、私が驚かせたから。」
手を素直に差し伸べて拓哉を起こそうとしてくれた。
そのときの手のひらの感触は忘れられなかった。
もうそれだけで、拓哉には玲子しか見えなかった。
確かにいろいろ遊んだ。傷つけた女もいた。
でも、もう遊びはやめた。玲子に会って、どんどん本気になって、
どんなに人を愛することが自分にとって大切かが分かったんだ。
玲子と付き合うようになって、今までの自分の身勝手さも
分かるようになった。別れて傷つけたに違いない女の子にも
申し訳ない気持ちが初めて芽生えた。
だから、だから、玲子だけは、
「玲子に対する気持ちは本当なんだ。何故、来てくれないんだ?」
とうとう、拓哉は声に出して呟いていた。
「彼女は本気だわ。あなたに対する気持ちは純粋なの。」
「じゃあ、何故来ない?約束したんだ。反対する両親には勝てない。
家を捨てて、俺と一緒に行く。何もかもゼロからスタートする。
その覚悟は出来ている。そう、彼女は…玲子は約束したんだ。」
「でも、心の葛藤は避けられない。人はそんなに簡単に割り切れない
ものなの。」
「じゃあ、来ないっていうことなのか?おまえに分かるのか?」
拓哉は誰と話しているのかー心の中の自分と会話しているのかー
だんだん分からなくなってきた。それでも、言わずにはいられない。
「それは、彼女が決めることなの。私には人の心の中までは
分からない。人の心を強制することは出来ないの。」
玲子とはデートをするまでに発展していた。
だが、拓哉は3回も4回もデートをしてキスすら出来ない
自分があまりにも意外だった。
どうなっちまったんだ、俺は?
うぶな高校生になっちまったんだろうか?
いやいや今時、うぶな高校生なんているものか。
学生以下だな…。自分じゃないみたいだ。
しかし、そんな自分を歯がゆく思う反面、なんだか喜ばしくも
思った。
玲子との愛を知ったからに違いない。
だから、見るもの聞くもの新鮮な喜びに満ちているのだろう。
拓哉の頭の中はもう玲子しかいなかった。
さゆりと別れることは簡単だった。
聡明な大人の女性は、何もかも分かっていた。
問題は順子の方であったが、拓哉の心の中に
もはや玲子しか居ない事実を知り、離れて行った。
拓哉に哀願しながら…、自分のライバルを罵りながら…
そして涙が枯れるまで泣きながら。
「天使だろ?何か分からないのか…。」
拓哉は心に溜まった、塊を吐き出すように呟き始めた。
「それは、俺の今までの行いは誉められたものじゃない。
だから周りのやつらには、言いたいこと言われた。
玲子は確かにお嬢様だ。でも、俺は彼女と付き合い始めたとき、
彼女が一流企業の社長令嬢だとは全然知らなかった。
それを知ったのはずっと後のことだ。
なのに、周りのやつらは逆玉だのだましたの、
金が目当てだの…言いたい放題言ってくれる。」
拓哉は一呼吸置いて、
「それでも、良かった。玲子と一緒にいられるなら。何を言われたって
良かった。でも、女にだらしない俺に玲子の両親はいい顔はしない。
そんなことは分かっていた。もちろん、俺だって馬鹿じゃない。
だから、もし、玲子が別れようって言ったら…もし、玲子から
言われたら、俺は…別れるつもりだった。」
目の前の少女は黙って聞き入っている。
その目は思いのほか優しい。
「でも、玲子は、何もかも捨てて俺と一緒に誰も知らない
ところへ行って、ゼロから始めようって言ってくれたんだ。」
拓哉はうな垂れていた。自分がこれほど人を愛して、信じて
そして、裏切られた思い…初めての経験だった。
涙がこぼれそうになった。
「そうだな、今まで散々女にこんな気持ちを味あわせてきたんだな。
自業自得ってやつかな。」
拓哉は自嘲気味に吐き捨てた。
約束の時間は1時間半は過ぎていた。
「なあ、天使さんよ。本当に分からないのか?
俺は捨てられたんだよな?」
「ごめんなさい。それは分からない。誰も分からないの。でも、
彼女の気持ちが本気なのは確かよ。」
「何故だ?本気なら何故来ない?」
拓哉は10歳の少女に当たっている自分が惨めに思えてきた。
「なあ、おまえは天使だろ。だったら何かして見せてくれないか?」
少女は何?と言う顔をして、微笑む。
「そうだな…奇跡ってやつをさ。」
何故、そんなことを言ったのか拓哉は自分自身にも分からなかった。
もしかしたら、何か奇跡を体験できたら、何か小さいことでも
信じられることがあったら…彼女が来てくれると思ったのかもしれない。
少女の言葉は優しかった。そして、
「何をすればいいの?人の心は動かせないけど、あなたの気持ちが
少しでも晴れるなら…私に出来ることがあれば見せてあげるわ。」
「へえ…。奇跡を見せてくれるのか?そうだな… それなら」
拓哉は少し間を置いて、
「雪でも降らせてもらおうか。それくらいのことなら出来るだろ?」
9月に降る雪。ふん。この蒸し暑い季節に雪か…
俺もどうかしてる。何でこんなわけのわからない娘に何を言ってるんだろう。
拓哉はわざと馬鹿になろうとしている自分を感じた。
滑稽だった。情けなかった。
愛しているんだ、玲子を…それだけ。
少女に八つ当たりしているのは申し訳なかったが。
この娘も自分なりに楽しんでいるのだろう。
天使か…ふふん。
「いいわよ、雪ね。でも、ちょっと待ってもらえる?
気象に関することは少々厄介で時間がかかるの。」
~やっぱりな、うまい逃れ方をするな。頭のいい子だな。
でも、ここまでなりきれるのは何でだろう。役者とか劇団関係で
何か役作りでもしているのか…、それとも本当に信じてるのか。
もしかしたら、少々精神的な病いがあるのか…~
拓哉は逆に冷静になった。そんなわけがない。天使なんかいるものか。
馬鹿馬鹿しい。俺はいったい何をやっている?
こんな小娘の話相手をして、現実逃避か?要するに俺は
玲子に捨てられたんだ。これが現実だ。
拓哉は暫らく自分の頭をまとめるために時間を使った。
そして、
「どのくらい待てばいいんだ?」
そう言いながら拓哉は少女の方を振り向いた。
「あれ?何処行ったんだ?」
そこには…誰もいなかった。
そんな…、こんな広い敷地で、何処へ?
しかし、誰もいない。それは確かだ。
そのとき、手の甲に何か冷たいものが当たる感じがした。
拓哉はふと、空を見上げた。
「あれは…、雪?」
空から風に舞い、揺られて降ってきているもの。
白い雪。
暑い空気に…間違った季節に戸惑いながら…
大部分が地面に落ちるまでに溶けていく、が、確かに雪だ。
何人の人が気が付いたか分からない。
もしかしたら雪ではないのかも知れない。
だが、拓哉にはそんなことはもうどうでも良かった。
「そうだな、信じるか。彼女を。自分を…信じてみるか。もう一度。」
待ってやる。いつまでも。
拓哉はどっかりとベンチに座りなおした。
1時間たった…。
携帯をかけようか迷ったが、
何故かかける気にはなれなかった。
信じているから…?
2時間たった…。
夜もふけてきた。
拓哉はその場を動かない。
そう、信じているから…。
そうだな、玲子と新しい生活をスタートして、落ち着いたら、
玲子の両親ともう一度、話し合ってもいいな。
自分の本気を、自分たちの気持ちをやはり分かってほしい。
今までの拓哉だったらそんな気持ちにはなれなかったろう。
玲子と会ってから新たな自分を発見する日々だった。
拓哉はそれを新鮮に感じていた。
天使か…
「奇跡か…。」
拓哉は呟いた。
そのとき、少女の声が聞こえた…ような気がした。
~本当の奇跡を起こせるのは人の…信じる心なの~
声というより心の中にそっと響いた感じがした。
足音がする。
拓哉の後ろから重そうな荷物をカートで引きながら、
足音が近づいてくる。
最初に何て声を掛けようか。
彼女は考える。
ごめんなさい。遅れちゃった。
居てくれると信じてた…。
でも、言葉は何も要らないかもしれない。
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